底辺過ぎてちょっとビビる

26歳からIT業界にいるエンジニアが、まったく成長できてないことを確認するブログ。備忘録的に使いたいとも考えています。

頼りになる人がいる限り本気出せない問題

昔からずっとタイトル通りのマインドだった

 

例えば、仕事上で何かしらのアドバイスや最終的なチェックをしてもらう相手がいたとして、ある程度仕事を進めてから方針の相談をしたり仕事内容の精査をしてもらうことが多い。この「相談」「内容の精査」という部分。正直いうと自分自身の仕事をする上でだいぶ精神的な甘えになっている気がしてる。

 

  • この方向性でいいか自分じゃ判断できないけど、ある程度進んだところで相談すればいいや
  • この内容で足りてるのか不足してるのか自分じゃわからないけど、内容のチェックをしてもらうからそこでFIXしちゃえばいいや

 

「最終的な判断を相手にさせる」という自分自身で判断するということの放棄。「最終的な判断をしたのはあなたである」、という相手に責任を負わせるような感覚。仕事の方向性が合っているかや内容のチェックをしてもらうこと自体は間違えていないと思う。見当違いの内容であるとか、認識誤りがあったままでは意味がないから。ただ、意識の問題として「最終的な判断を相手にさせる」ことが常習的になってくると、方向性や内容のチェックを自身で行うことができなくなると思う。自分で気づいたことじゃなくて指摘されたことって、その時は「あぁそうか!」となるけど、知識や経験として蓄積されにくいんですよね。

 

この自分で思考することを放棄する問題、相談する相手や最終チェックをしてる相手がずっといるという前提にあればまだいいですけど、人の入れ替わりだったり今のコロナ禍であれば急に入院等でその相手がしばらく不在になることもあります。そうなった時に「思考を放棄し続けてきた人」は頼る相手がいなくなるわけです。

 

では、そうならないためにどうすれば良いだろうか?考えて仕事をすること。それしかない。と思う。考えるというのは頭の中で一人で結論を出す、ということではなく、そこらじゅうに散らばってる関連するドキュメントを読んで仕様や要件を理解把握し、仕様や要件について把握している人に聞いたりすることで、自分の作業や判断が間違っていないかどうかを確認すること。これしかない。

 

本来当然それくらいやってるよ〜〜

 

という仕事がちゃんと出来る人は素晴らしい。ただ、私は非常に怠惰なので、そのあたりのことをすっ飛ばしていることが多い(今これを書いてて改めてわかった)。すっ飛ばした上で最終確認者にチェックしてもらっている。怠惰というかなんていうか...

 

でもこういう甘えも「頼りになる人がいるから」発生している。何らかの要因でその頼りになる人がいなくなったら?そうしたら今まで怠けていた作業をせざるを得なくなる。つまり本気を出すということ。「最初からちゃんとやれよ!」という声が聞こえてきそう。そうなんですよね...だからうだつが上がらない。